地べたから見た米国の底力 

こんにちは、”君猫” です。

先月、関西に出張しました。
久しぶりであったので、とてもなつかしく感じました。

私は、今まで私的な(観光)旅行をしたことが殆どないし、
旅と言えば、ほとんどが仕事の出張でした。
その出張も、せいぜい1週間前後の短期のものでした。
数週間にわたる出張と言えば、
いままで仙台、広島、米国西海岸の3箇所くらいです。

今日はこの僅かな記憶の中で、
西海岸へ数回出張したときの思い出をたどって
お話ししたいと思います。

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出張の合間の休暇には、
街中や郊外をそぞろ歩きするのが楽しみでした。
その日は、ロスのダウンタウンを歩いてみようと思い立ち、
宿舎のある郊外から路線バスを乗り継いで、
2時間ほどかけてダウンタウン
(確か、スキッド・ロウ)の中を抜け
数丁ほど行ったところで降り、
大きな道路の交差点の一角にあるマグドナルドに入り
早めのお昼をとりました。

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席に座ってチーズバーガーをぱくついていると、
カーキ色のニットの帽子を額の辺りまで深くかぶった、
ラテン系に褐色を重ね合わせた肌を持った
ひとりの少女が私の席の近くに来ました。

彼女は、片手にストローを指したままのマックシェイク
(たぶん中身が空っぽ)のカップを持ち、
丸く黒い瞳をこちらに向けながら、
か細い声で「キミネコ?」と言いながら、
もう片方の手をぬっと私の前に差し出してくるのです。

もの乞いということはすぐに判りましたが、
彼女の言っている言葉が、
何を言っているのかが判らず、
「君猫?」と聞こえました。
彼女は24時間営業のマクドナルドに住み付き、
“寝ぐら” かつ ”もの乞い” の仕事場にしているのです。
マックシェイクのカップを持っているのは、
おそらくマックの商品を買った客であることを店側に主張するためであり、
それをずっと長時間であっても
店にいる間は飲食を継続していることの証しなのでしょう。

後日、現地に詳しい人にこの話をしたら、
その場所で路線バスに乗って
よく無事であったという言葉と一緒に、
(そういえば、乗り降りする人は身なりが
ぞんざいな印象でしかなかった)
「君猫」と聞こえたのは、
Give me nickel(ギブ・ミー・ニッケル)という発音であり、
ニッケルというのは、
米国の5セントのニッケル硬貨であると教えてくれました。

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私にはどう思い起こしても
キミネコとしか聞こえませんでしたが。

それにしても、場所柄とは言え、
名が通ったファーストフード店に、
もの乞いの常駐を許容する懐の深さに感心したものです。

一方、仕事の面でも感心したことがあります。

サービスの価値評価がおそろしく高いことです。
日本と同等、又はそれ以下のサービスのレベルであっても、
人(企業)が他の人(企業)に対して
提供する役務対価の値段が各段に高いのです。

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たとえば弁護士に相談する場合、
1分間当りで5ドル(500~600円)の報酬は相場のようです。
電話で数分間ちょっとしたことを聞いただけなのに、
その月の請求書には、
きちんと分単位でその報酬額が明細に盛り込まれています。
会社勤めの人も、
夕刻になるとさっと帰宅の途につきます。
シリコンバレーにある企業団地内のオフィスに行ったとき、
夜8時頃になって、ひと仕事を終えて屋外に出た際、
周りが真っ暗なことに驚きました
(次の日も、また次の日も同様でした)。

日本では夜10時頃に電車に乗っても、
普通に会社帰りのしらふの人々で
朝の通勤のように混み合っていることが多くあります。

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でも、そうかと言って、
もし、日本で米国と同じような仕事のしかたをしたら、
たちどころに競争市場から脱落してしまうでしょう。
現状で、米国は1時間当りの労働生産性が
日本の1.6倍ともいわれていますが、
なんとなく頷けるような気がします。

今がこのようなゆったりした状態であるのに、
もし、米国が本気を出したらどうなるのでしょう。
平然と、ファーストフードの中の
常駐の浮浪者(もの乞い)を許容する国、
単位当りサービス価値が高く
余裕をもって生活している国、
私が目の当たりにした地べたから見た米国は、
底知れぬ奥深さをもっている国と感じます。

もし、この国が本気になったら、
たちどころに日本など呑みこまれてしまうだろう、
というのが実感です。

これは何十年前であったらもっと開きがあったはずであり、
よくも日本は大国を相手に
太平洋戦争をおっぱじめたものだと思いました。  

☆君 猫☆

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